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風花藍流の私設小説ブログです。つまらないと思いますが、どうぞ~。


by AIL-kazabana

ヴァレンタイン

髪……良し。
制服……良し。
ハンカチ……良し。
鞄の中のチョコレート……良し。

2月の丁度中間。恋する人が一番気合を入れ、想いの詰まった品を渡す日。

ヴァレンタインデー。

そして、私も御多分に漏れずに今日、チョコレートを持って家を出た。

暦の上ではもう春だというのに、朝の気温は吐いた息が白くなるほどに低い。
冬のピーンと張り詰めたような空気が嫌いではないが、やっぱり寒いのは嫌いだった。

街はこの日のためにデコレーションされ、ところどころでハートマークが目立つ。
街を歩く、私と同じくらいの高校生も、緊張と高揚が滲み出ているのが見て取れた。

「こういうのを、ピンク色の空気っていうのかな……?」

そんなどうでもいい事を考えないと、緊張で胸が詰ってしまいそうだった。
たぶん、ここに歩いている人と同じように、私からも緊張が見て取れるだろう……。
鞄の中のチョコレートを意識して、それを渡す場面を想像する。その瞬間、心臓が早鐘を叩くように暴れだす。

「あ~あ、本当に心臓が止まりそう……」

私は雲ひとつ無い空を仰いで呟いた。すると。

「おい、それって大丈夫なのか? 病院連れて行くぞ?」

見知った顔が目の前に突然現れる。さっきまで想像で思い描いていた顔は、今ではとても近くにあり、とても心配そうに眉が寄っていた。

「なっ! だ、大丈夫だから! ほ、ほら、全然元気だから心配いらないし!」

あまりの不意打ち。すぐに距離をとって、元気なことをアピールするために、笑顔を浮かべて手を振る。

「そうか? まあ、いいんならいいが……。とりあえず、日下部おはよう」
「お、おはよう……月村」

心配そうにしていた顔が急に笑顔になり、ついつい顔を俯かせてしまう。
彼……月村修吾は私の挨拶を満足そうに聞き、そのまま私の横に並ぶ。
彼とはこうやって一緒に登校することがある。月に2回程度だが、学校での席も隣で何かと話が合うので、時間が合うとこうして会話しながら歩くようになった。
今日もたまたま時間が合ったのだろう。でも、そのおかげで心臓がさっきから凄い勢いで脈打っている。不意打ち+特別な日のせいだろうけど……。もしかしたら、月村が近くにいるときは毎日こんなものかもしれない。

「日下部は宿題やってきたか?」
「化学の? それとも英語?」
「英語の方。昨日、辞書忘れちまって出来なくってな……」

苦々しく呟く月村がおかしかったので、クスクスと笑う。

「という訳で、見せてくれ!」

月村は頭の上に手をそろえ、拝む様なポーズをとる。
私はそれを笑いながら、了承する。

「はいはい、その代わり化学のほうを見せてね」
「お前もやってないのかよ!」

そんな軽口。
いつものように接しているのに、頭の片隅には常にチョコレートが浮かび、ソワソワと月村の目を見てしまう。
でも、月村はそんなことも知らず、いつものように私に冗談を言って笑わせてくれた。
鈍くて助かった。でも、ちょ切ない……。
気付いて欲しくないけれど、ちょっとだけ気付いて欲しくもあり、そんな矛盾した思いが胸を締め付ける。

あ~あ、本当に……。

「心臓止まりそう……」
「ほ、本当に大丈夫なのか!?」

まだチョコレートは鞄の中で、想いと共に届く刻を待っていた。
受け取られることを祈りながら――。


あとがき:
はい、今回はバレンタインとの事で、こんな小説になりました~。
う~ん、甘い……のか? 微妙……。
書き始めた当初はちゃんと、チョコを渡してから告白して、その後のことを書くつもりでしたが……、メチャクチャ長くなりそうだったので切りました。全部書こうとすると、今回の5倍くらいになりそうでしたから……。

そんな訳で、まずは読んで頂きありがとうございます。
中途半端な状態ですが、読んでみてどうでしたでしょうか?
今回は、恋に生きる女の子の心情で書き上げました。切なく揺れる心模様が表現できたら幸いです。

さて、皆さんのバレンタインの成功を祈って、チョコの代わりに私からこの小説を送ります。
ではでは。
# by AIL-kazabana | 2009-02-14 00:00 | 小説

想い

シトシトと降る雨。とても重そうな雲。
気分を憂鬱にさせるには充分の天気。
そんな天気の中で私は、傘も差さずに立っていた。
髪や高校の制服は既にびしょ濡れで重くなり、三日前に買ったばかりの靴には沢山の水が入っていて、何も履いていないのではという錯覚が起こる。
でも、そんなことは気にならなかった。

何気なく手に取った携帯電話。
仲のいい友人からの着信。
いつものこと。
そのはずだった。

そのときの私は考えもしなかった。
この日常が変化することが。
だけど、学校帰りの私にもたらされた悲報は、『私の世界』を簡単に崩壊させた。

「彼が……、彼が交通事故で――!」

何を言っているのか理解できなかった。
というより、理解することを無意識に拒んでいたのかもしれない。
だけど、友人の声には微塵も余裕なんてなかった。
あるのは、驚きと深い悲しみだけ。
そのことが、現実に起こったことなのだと無理やり私に自覚させる。

嘘だと笑いたかった。
悪い夢だと思い込みたかった。
そんなのは「逃げているだけ」ということも、頭の中では分かっていた。

初恋の人を亡くした。
友人と私の共通する出来事。
それは、あまりにも突然起こった「恋の終わり」だった。
でも、私にはそれだけではなかった。

彼と私は、いわゆる「幼馴染」という関係で、「彼」という存在は私の思い出の大部分を占めていた。
そんな彼の突然の消失は、私の心に大きな空洞を作った。

何も考えられなくなっていた。
持っていた筈の傘はいつの間にか手の中になく、家をまっすぐ目指していたはずなのに私は学校の目の前にいた。
ただ足が意思を持ったかのように独りでに進む。
気付けば私は、私と彼の教室の中に来ていた。
理由なんてなかった。
私はただ、彼がいたことを確かめたかった。

私はそっと彼の机に触れる。
机には彼のちょっと馬鹿っぽい落書きが、いろいろなところに描かれていた。

「バカ……」

私は、彼に力なく八つ当たりした。
ポタポタと机を水滴が濡らす。
彼の机がドンドン歪んでいって、もう見ることも出来ない。

もっと一緒にいたかった。
いつか終わることも、分かってはいた。
でもそれがあまりにも突然すぎて。
そして彼の存在は大きすぎて。
今の自分の気持ちがどうしようもなく大きすぎて。

「バカ……っ」

言葉と共に零れた感情の滴は、彼の机にまた一つ小さな染みを作った――。



あとがき:
はい、こんな話になりました~。
いや~、つまらないですね~。

これは、「雨」「靴」「携帯電話」の3題で作りました。
もともと授業でこのお題が出され、そのとき書いたものを修正しただけなのですけどね~。

用紙を3枚渡されて、「漫画にすることを前提とした3題話」を書けと言われたときは、結構ビックリしましたよ~。
まあ、10分くらいで「こんな話にしよう~」と言うのが決まったからいいですけどね。評価も、絵を描いた時よりも高かったですし(笑)

それにしても、私は「雨」というお題にロクな連想をしませんね~(笑)
なんの救いもない話って、あまり好きじゃないのですけどね……。
ただただ「打ちひしがれた」作品になってしまいましたね……。

こんなのでも、ここまで読んでくださってありがとうございます。
気に入ってもらえれば、わざわざ用紙を持ち帰ってきて打ち込んだ甲斐があったと言うものです。
では。
# by AIL-kazabana | 2009-01-15 21:32 | 小説

小さな一歩の延長線

「メリークリスマス!!」
 今日はクリスマスイブ。毎年恒例の二家族合同クリスマス会が、私の家……もとい、九条の家で開かれた。
 人数が人数だけに、我が家でも一番大きな11畳の大広間で行われた。だが、父親同士で飲みながら盛り上る様はまさに宴会そのものだった。
 母のほうも、和真の母親と一緒に飲んでいる。多分、二人で愚痴をこぼし合っているのかもしれない。母がご機嫌なうちは、私も少し安心する。あの悪魔にはぜひともこのままのテンションを維持してい頂きたい。……マジで。
 年が五つも離れた姉は、ビール瓶片手に和真に絡んでいる。マッドサイエンティスト然とした姉は、こんな席なのに白衣を着込んでいた。鼻に掛かった横長の眼鏡は、少しずれ落ち気味である。
「菫~助けろ~~……」
 和真の台詞は無視だ。私にあの姉を止められるわけがない。和真にはご愁傷様という意味合いを込めた、視線だけを送っておく。
「薄情者ぉ~~……」
 どうやら伝わったのだろう、和真が哀れな声を上げていた。何とでも言え。私だって、自分の命はまだ惜しいからな。
 そんな光景を眺めながら、私は手に持っていたりんごジュースの入ったコップを呷った。

 しばらくして廊下に出てみた。あの場所が嫌だったという訳ではない。ただ、長い時間は疲れるのも確かなのである。そこらへんを分かって頂けると嬉しい。
 という訳で、私はぶらぶらと廊下を歩いていると、後ろから足音が聞こえてきた。
「マジで助けねぇって、酷くないか?」
 ブツブツ言いながら近づいてきたのは、和真だった。
「私が姉上に勝てるわけがないだろう。私も一緒に捕まるのがオチだ」
 実際、姉は恐ろしい。私の中で母と同格くらいの位置に居る。そんなのに私がどうすることが出来るというのだ……。
「まあ、そうなんだけどよぉ……」
 和真もそこは分かっている。だから強くは言ってこない。
「でも最低限、助ける素振りくらいはして欲しかったなぁ……」
 助ける選択肢というのがなく、早々に逃げたのが納得いかないらしい。気持ちは分かるが、私はこう言うしかない。
「諦めろ」
「やっぱりそうだよな……」
 少し落ち込む和真の図。ここに完成。
 
 そう話していると、澄んだ声が私たちに掛けられた。
「お姉様、和真さん。何をしているのですか?」
 私達が振り返ると、そこには中学生くらいの見るからに美少女が立っていた。
「やあ蓮ちゃん。毎年綺麗になってくね~」
「フフッ、和真さんはお上手ですね。煽ててもジュースしか出ませんよ」
 出るんだ、ジュース……。照れている蓮の言葉を聞きながらそんなことを思った。
 この子の名は九条 蓮(くじょう れん)。名前からお察しの通り、私の家族だ。
 その顔はあどけなさも残るものの、身内贔屓を引いても充分可愛い。髪は長く、腰の辺りまで綺麗な黒髪が伸びている。服装は着物。クリスマスという洋風のイベントに全く合わないが、着物自体は蓮の私服なので誰も咎めない。
 その蓮は胸にお盆を抱えていた。たぶん、給仕の仕事を頼まれたのだろう。出てくるというのは、持ってくるということかもしれない。
「さっきの質問だが、何をしていたとお前に訊かれれば、私は答えなければならないな……」
「え? そんなに深刻なことだったの?」
 私の真剣な喋り方に何かを感じたらしく、蓮まで少し真剣みを帯びている。蓮の素直な反応に、私の気分がドンドン乗ってくる。
「蓮にだけに教えるからな。誰にも言うなよ」
「う、うん。誰にも言わない」
「本当だな?」
「うん。約束する」
「じゃあ、話すぞ。実はな……」
 私の話を聞き逃すまいと、全身で表現している蓮を眺める。ゴクリと息を呑む辺りが可愛い。だから話すことにする。真実というものを。
「実はな……、ただ雑談していただけなのだ
「……え?」
 あまりの真実に言葉を失くす蓮。隣の和真は呆れ顔だった。嘘は一つも言っていないぞ?
「じゃ、じゃあ、もう行くね。お酒持ってくるように頼まれてるし」
 蓮は少し引きつった笑顔で、そそくさと去っていった。私はそれを、清々しい気分で見送った。

「それにしても、どんどん綺麗になってるな~、蓮ちゃん」
「ああ。実の姉としても、自慢できる」
 本音だった。私は蓮が好きだし、誇りにしている。
「でも……」
 和真が遠くを見ながら、呟いた。私も丁度同じことを考えていた。そう、蓮は……。
「中二の男子であの可愛さはおかしいだろう」
「私もたまに、蓮がだということを忘れることがある」
 そう、蓮は男なのだ。
 なのに、見た目はどこに出しても恥ずかしくない美少女。しかも、私服は女性用の着物。
 私達は蓮の将来に一抹の不安を覚えた。

「雪、溶けちまったな~」
「まあ、あまり積もってなかったからな」
 縁側に出た私たちは、いつの間にか白いものがなくなっている庭を見つめた。
 我が家の庭は、見る人が見ればなかなかにいいものらしい。私には良く分からないが、テレビの家番組とかの庭に似ているので、きっとそうなのだろう。
「雪というのは、本番には降らない捻くれ者だな」
「そういうこと考えている、お前の方が捻くれ者だろう」
 和真の言葉に多少傷ついた。だが、考えてみるとそうなのかもしれない。
「だがそうだとしても、クリスマス本番に降って欲しかったと思ってしまう……」
「まあ、確かに降ってくれればよかったのになぁ……」
 二人でしばらく空を見上げる。
 既に日は落ち、澄んだ空には星が広がっていた。
 雲も無く、限りなく円に近い月が、私たちを優しく照らしてくれる。
 雪が降っていないクリスマス。
 でも、こういう空も悪くない。
「星の瞬くクリスマスの夜に、年頃の男女が二人っきりの縁側で、私達は一体何をしているのだろうな?」
「それを今更俺に訊くのか?」
 空を見ながらの何気ない会話。冗談交じりで紡がれた言葉は、空にある月のように優しく感じた。
 憩いのとき。自分が自分で居られるとき。
 昔から、二人だとこんな風に過ごせた。
 気付けば、いつでも二人でいた。
 二人で冗談を言い合い、ふざけ合って過ごしてきた。

 いつからだろう。そんな相手を目で追っていたのは。

 分からないけど、随分と昔からだった気がする。
 物心が付くよりも前。気付いたときには、当たり前のように意識していた。
 理由なんて無い。ただ一緒に居たくて、何度も遊んでいた。
 楽しいこと、つまらないこと、うれしいこと、悲しいこと。そんな何気ないことを一緒に感じ、月日を積み重ねてきた。
 喧嘩だって何度もした。でも、何度も助けられたし、何度か助けたと思う。
 そしていつの間にか一緒に居ることが当たり前になって、次第に気持ちが薄れていたのだと思う。

 でも、ちょっとした事で自覚させられる。
 一緒に居られる時間が少なくなる可能性が出たとき。
 気に入ったアクセサリーをぶっきらぼうに渡されたとき。
 そして……並んで夜空を見ているとき。

 本当にちょっとしたこと。でも、そんな中に隠されていた気持ち。
 気付かされてハッとして、ドキドキして、だから見ない振りをする。
 恐いから。この関係が崩れてしまうのが、どうしようもなく恐いから。
 だから逃げてしまう。誰からでもない自分から。

 でも、そろそろ終わらせようと思う。
 ただ逃げているだけじゃ駄目なのだ。
 一緒に居たいなら、時には行動しなければいけないのだ。

 終わらないものなんて無いように。
 この関係だっていつか変る。
 だから、終わるその前に。
 小さな一歩を踏み出したあのときのように。
 これから大きな一歩を踏み出そう。

「なぁ、和真……」

 いつだって逃げてきた本当の気持ち。

「ん? 何だ?」

 変ることが恐くって、届けることを躊躇っていた言葉。

「私は、お前のことが――」

 今、送ろう。
 あの時踏み出した、小さな一歩の延長線にある勇気を振り絞って――。



あとがき

まずは読んで頂いてありがとうございます。
いや~、このシリーズもやっと終結を迎えられました~。長いものです。

このシリーズは必ず続きが1年開いているんですよ~。
今回のも、書き始めたのは今年の1月だった気がします。
それから殆ど1年。完成しないで置いてあったのです。
あ~、長かった……。

チビチビと進めてはいましたが、途中で詰まってて進みませんでした……。
それを22日に終わらせようと書き始めたら、アッと言う間に終わってしまいました。
一体、私の1年は何だったのでしょう……?

さて、今回もここまで読んでくださってありがとうございました。
シリーズ全てを読んでくださった方。もしいらっしゃるようなら、感謝と労いの言葉を送らせてください。
このシリーズはこれでお終いですが、これからも見守ってくださると幸いです。

では~。
# by AIL-kazabana | 2008-12-24 00:31 | 小説

私の夜明け

気付いたときには、周りには何も無かった。
正確には、何も見えなくなっていたと言うべきだろう。
ともかく、私の目には何も映らない。
ただただ闇が支配した空間。
光が全く無く、自分の姿すら確認が出来ない。

誰もいない。
何も無い。
自分も分からない。

全ての認識があやふやになる。

不安、恐怖、そういうものだけが私を支配していた。

そんな時、彼が現れた。

「どうしたんだい?」

始まりは突然で何気なく。
それでいて、どこか運命的な。

「関係ないじゃん」

初めて出会った光明は、それゆえに怖かった。
期待することに。
裏切られることに。
そして、眩しい事に。

「そうかもしれないけど、放っておけないのさ」

少し強引に、それでいて優しく手を取られる。
今まであやふやだった自分の手に、彼の温もりが伝わる。
それは、この世界では始めての「何か」だった。

「……お節介な奴」
「はいはい」

とても嬉しかったけど、とても怖かったけど。
私はその手を振り払えなかった。
だって……。

「さて、夜も明けるな」
「……そうだね」

どこか救われることを願っていた。
そんな私に訪れた転機。
それはどこか不器用で、でも一生懸命な彼の温もり。

「綺麗……」
「だな……」

いつも見る夜明けは、何故か違う印象を覚える。
何も感じなかった昨日までとは違い、太陽の光が私の世界を照らし出すかのようだった。
もしかしたら……、

「ん? なんだ?」
「……ばーか」

もしかしたら、隣で笑ってくれている、彼と見ているからかもしれない。
彼と手を繋いで見る日の出は、一人で見るよりも何倍も何倍も綺麗だった――。
# by AIL-kazabana | 2008-12-06 00:51 | 小説

強者を求めて、この空で

晴れ渡った空。
燦然と輝く太陽。
そして、コンクリートの塊である学校。

「ふう、こんなところに強い人なんているのかな……」

学校の後ろには、緑豊かな山々が並び、空の青とのコントラストが映える。
学校の近くに家は無く、周りには田んぼと畑が続いていた。

田舎、それも“ど”がつくほどの。
校門は錆、色が変わりつつある。
後者もところどころに皹が入り、一目見ただけで年季を感じさせる。

「本当に、こんなところにいるのかな……」

そんな学校を目の前に、一人の少女がぼやく。
セーラー服をまとったその少女は、随分と小柄で、制服が多少大きく感じる。着ているというより、着られているという印象が強い。
髪は短く、茶色がかった黒色で、肩の高さで揃えられていた。
顔も幼く、見ようによっては小学生にも見えるかもしれない。
だが、彼女はれっきとした高校生で、目の前にある学校も高等学校なのだ。
そして一番目に付くのは、そんな小柄な彼女には違和感の有る、布に包まれた長い棒状のものだ。

「あ~あ。強い人がいっぱいいると聞いて転校してきたのに、これで期待はずれだったらどうしよう……」

小柄な体格からは想像も出来ないほど器用に、その棒状のもので肩を叩いていた。幼い見た目とは裏腹の年寄りくさい仕草だったが、それを指摘するものはいなかった。そのかわりに……、

「おい、嬢ちゃん。ここに何の用だい?」

学校の敷地内に入って早々、いかにもチンピラ風な男が3人絡んできた。

「ここいらじゃ見ねぇ顔だな。小学校ならあっちだぜ?」

下卑た笑いを浮かべながら、男たちは少女をからかう様な発言をする。
だが、少女には全く反応が無い。

「ん? もしかして、俺たちが怖くって何も喋れないのかなぁ?」
「オイオイ、泣かせんじゃねぇぞ。ガキはピーピーうるせぇからな」
「違いねぇ。オコチャマはサッサと帰んな。シッシッ」

大柄で不良面な男達は、猫を追い出すような手の振り方をした。
それでも少女は動かない。

「んぁ? サッサと行けよ。こっちは穏便に済まそうとしてやってんだからよぉ」
「そうだぜ、あまりにも聞き訳が無いと、お兄ちゃんたちが無理やり追い出しちゃうよぉ?」

そこで初めて、少女が動いた。

「……やれるもんならやってみれば?」

低く、それでいて嘲る響きの声。男達はすぐにキレた。

「ぁん? てめぇ、今なっつった?」
「あんた達ごときで、やれるもんならやってみればって言ったのよ!」

凛とした少女の声が響き渡る。
絶対的な自信の満ちた声。
男達が殴りかかるのには十分の威力があった。

「てめぇ、舐めてんじゃねぇぞ!」

3人組みの一人が大きく殴りかかる。
少女はその攻撃を、男に近づくことで回避し、勢いを載せた蹴りを男の腹に放った。

「……がはっ」

あっさりと最初の男が倒され、残りの二人に緊張が走る。
だが、数の有利性と体格差が、慢心を生んだ。

「調子こいてんじゃねぇ!!」

二人目の放った右からの回し蹴り。それを膝を曲げて屈む事で回避。そのまま手をついての足払い。男がバランスを崩して後ろに倒れこむ瞬間、少女が飛び上がる。
そして地面に尻餅をつく男の頭を、少女の回し蹴りが襲う。

「がほっ……」

二人目もあっさり倒され、最後の一人に戦慄が走った。

「さて、あんたが最後だけど、まだやる?」

少女は全く息を乱しておらず、汗すら掻いていなかった。
男の恐怖はどんどん増していく。
ゆっくりと自分に歩いてくる少女が、何倍も大きく見える。

「ひ、ひぃっ……!」

男の顔は引きつり、目の淵には涙さえ浮かべていた。
少女が目の前まで来て、完全に腰が抜け尻餅をつく。
少女がゆっくりと棒状のものを持ち上げる。その時。

待てい!!

辺りに響く制止の言葉。
誰もが声のした方を向かず入られない、力の篭った低い声。

「うちの生徒が世話になったな」

少女が向いたその先では、とても大柄な男が校舎から歩いてきているところだった。

「嬢ちゃんの動きは見せてもらった。その体格であれだけ動けるとはな」

男が間近まで来たので、少女は改めて観察をした。
背は180を超すほど巨漢で、制服を付けているのに筋肉質なことが伺えるほどに鍛え上げられた肉体。長ランと呼ばれる物を着用し、腕を組んでいる渋い顔の男。パッと見て、「番長」というイメージそのものの男だった。

「あんたがこの学校で一番強いの?」

少女は全く物怖じせず、胸を張って質問を投げかけた。

「そうなるな。この学校で負けたことは無い」

男のほうも、態度を崩さずに答えた。

「ふうん。じゃあさ……」

少女は含ませるように笑い、構えを取り始める。
男も、相手の動きに合わせて組んでいた腕を解き、ボクシングのように拳を前にするように構えた。
一触即発。
二人の闘志が中間の場所でせめぎ合う。
そして、少女が自信に満ちた声で言い放つ。

「今日がこの学校であんたの初めての負けになるね!」

言葉と同時に、駆け出す少女。
一気に間合いを詰め、蹴りを腹に放つ。

「甘い!」

男は瞬時に腹に力を篭め、腹筋を硬くする。

「くぅっ!」

蹴りを放った少女のほうが声を上げる。
男はその隙を付き、強力な右ジャブを繰り出す。少女は後ろに倒れることでそれをかわし、バック転をして距離を稼ぐ。
畳み掛けるように、男は少女との距離を詰め、掬い上げるような蹴りを放つ。少女はわざとバック転のバランスを崩し、それをなんとか回避する。
だが、そのせいで着地に失敗し、少女は左肩から地面に落ちる。

「いたたた……」

体のバネを使って、瞬時に上にはねる。
さっきまで少女がいた場所を、男の足が薙ぎ払った。
男はローキックの回転の動作を活かし、まだ中空にいる少女へ肘を叩き込んだ。

「きゃあ!!」

初めて少女の悲鳴が響く。
少女は3メートルほど吹っ飛び、そのままごろごろと転がった。
5メートルほど転がったあと、少女はうつぶせに倒れて動かない。
周りで見ていた野次馬達は、これで男が勝ったと思った。
だが、男は構えをまだ解いていない。

「フン、変な真似はやめろ。腕をクロスして防いだろうが……」

男が面白く無さそうにに言うと、少女が普通に立ち上がる。

「でも、痛くはあったよ……」

両の手を振って、痛かったことをアピールする。
野次馬達は驚愕した。

「ま、まだ立ってやがる!」
「なんだあの女! 化け物か!?」

恐れおののく野次馬は無視して、少女は手に持っていた長い棒状のものの、布を取り始めた。

「うん、思ったよりも強いね。良かった……、これの出番があって」

そう言って、布から出てきたのは、大太刀と呼ばれる代物だった。

「我が家に伝わる宝刀だよ。名は『空影』」

少女が抜き放った剣は空の青さを反射して、擬似的な空の刀になっていた。


「さて、第2ラウンドを始めようか」

笑顔と共に、少女は跳んだ。
一気に間合いを詰めて一閃。男は剣の軌道を見切って、バックステップで避ける。
少女はがら空きになった男の腹部に蹴りを叩き込む。

「効かん!」

男はまた腹筋を固くし、蹴りに備えた。
……だが、少女は蹴りと見せかけて腹に足をかけ、上に跳んだ。
大上段から振り下ろされる刀は空に溶け、その刀身が男の目から掻き消える。

「食らえ!」

少女は掛け声と共に、刀を男の頭から振り抜く。
鮮やかに着地を決めた少女は、崩れ行く男にこう言った。

「峰打ちだから安心して」



どこまでも澄んだ青空。
広がる「自然」という名の田園風景。
少女はまた旅立つ。
一振りの刀を頼りに、強者を求め。
この空の下で、少女は1人歩いていく――。



――次は、マハラジャだ。
# by AIL-kazabana | 2008-11-24 21:19 | 小説